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2010年5 月26日 (水曜日)

【映画評】パーマネント野ばら (2010)

高知の片田舎の小さな港町でただ一軒の美容室“パーマネント野ばら”に集う女たちの悲喜こもごもの恋模様を描いた、菅野美穂、8年ぶりの主演作。

【満足度:★★★☆】 (鑑賞日:2010/05/25)

 『いけちゃんとぼく』(2009年、監督:大岡俊彦)、『女の子ものがたり』(2009年、監督:森岡利行)と映画化が続く人気漫画家・西原理恵子の同名コミックを、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007年)の吉田大八監督が映画化。
 いやはや、これは切ない。

 離婚し、一人娘のもも(畠山紬)を引き連れ、実家の美容室に出戻ったなおこ(菅野美穂)。
 なおこの母・まさ子(夏木マリ)が切り盛りするこの小さな海辺の町唯一の美容室“パーマネント野ばら”には今日も地元の女たちが集い、歯に衣を着せぬ恋話、下ネタ話に花を咲かせていた。
 まさ子の夫・カズオ(宇崎竜童)はよその女のところに転がり込んで戻ってこない。
 なおこの幼なじみでフィリピンパブを経営するみっちゃん(小池栄子)は旦那・ヒサシ(加藤虎ノ介)の浮気に頭を悩ませ、もうひとりの幼なじみ、とことん男運に見放されたともちゃん(池脇千鶴)のギャンブルにはまった亭主・ユウジ(山本浩司)も行方知れずのまま。
 そんな、女たちの悲喜こもごもが行き交うこの町で、なおこは密かに交際する高校教師のカシマ(江口洋介)と順調なデートを重ねていた…。

 菅野美穂、8年ぶりの主演映画として話題の本作。
 筆者的にはそれにも増して、昨年立て続けに公開され、大好きだった映画『いけちゃんとぼく』『女の子ものがたり』と同じ西原理恵子原作という、ただその一点で見逃せない作品。
 てことで、予告編すら観ず、ほとんど予備知識無しで劇場に駆けつけたわけですが。

 町の人々を見つめる出戻りなおこを演じた菅野美穂の透明感のあるナチュラルな演技を筆頭に、俳優陣は文句なく素晴らしい。
 だが正直なところ、前半はエピソードが散漫で、あまりに淡々とした筋運びに期待はずれ感が漂い、凡作以上の感想は持てなかったのよ。
 全編にちりばめられたシニカルな笑いもいまひとつ盛り上がらない。

 でもそれは、なおこの隠しきれない心の傷を通した心象風景ゆえの控えめな演出だったらしい。
 愛娘ももちゃんとの微妙な隔たり感。一方で恋するときめきが滲み出たカシマとのやりとり。
 その一見不自然なギャップの真意がわかったとき、「うおっ、これは切ない」と思わず口から出そうになった。
 そしてたたみ掛けるように地元の人々を見つめる側だったなおこが、町の人々から見守られる側に転じた鮮やかな結末。
 ほのかな幸福感を浮かべたなおこのラストショットに、この映画が途方もなく愛おしく思えた。

 『時をかける少女』(2006年、監督:細田守)や『しゃべれども しゃべれども』(2007年、監督:平山秀幸)で若者たちの心を紡ぎ出した奥寺佐渡子による脚本の妙はここでも健在。慈愛に満ちた視点で描かれる大人の恋模様の中に、一筋縄でいかない町の人々の心の機微を浮かび上がらせる。
 ただ今作では、回想シーンの扱いにちょっと失敗している気がした。群像劇としてエピソードがあちこちに飛ぶ現在パートと、幼なじみの絆の起点となる回想パートがうまくかみ合ってない。
 少なくとも、子どもの頃の回想シーンを、なおこ、みっちゃん、ともちゃんの三人を軸に描くなら、現在パートでのともちゃんをもっと早くに登場させるべきではなかったか。
 その部分での混乱が、前半をつまずかせてしまったと思う。

 俳優陣に関しては、これはもうパーフェクトと言っていい。
 菅野美穂は“想い”をひた隠す難しい役どころを演技派の面目躍如の好演で演じきった。
 口でなんと言おうとも娘思いのおかあちゃん、夏木マリはさすがの貫禄。
 ややぽっちゃりした池脇千鶴も、不幸の中でもくじけない愛嬌があってよろしい。
 男の自分から見ても素敵と思える恋人カシマを演じた江口洋介の好人物な佇まいが、ぶっ壊れたかのように破天荒な人物だらけの本作に於いて一服の清涼剤となっている。

 前半、なおこは町の人々と楽しい会話をしつつも、出戻り女ゆえか微妙な距離感を残して、映画の中では観察者として振る舞う。
 抑えていた感情が一気に溢れる中盤。この映画が、ただ町の人々の悲哀を見つめたなおこの観察記でないことが明らかになり、落としどころが見えなかった映画はにわかにざわめきたつ。
 そして明らかになる秘密。

 突然訪れるクライマックスの鮮やかな演出に心底しびれた。
 それを裏打ちするみっちゃん役・小池栄子の自然な演技も素晴らしい。
 そこまで終始エキセントリックな情熱の人だった小池栄子の、役回りを押さえた的確な熱演も素晴らしかったが、この最後の、親友としての優しさが滲み出た彼女の表情が無かったら、急転直下な展開も中途半端なものになっていただろう。

 菅野美穂を難しい役どころと言ったけれど、本当は登場人物みんな難しい役どころなんだよ。
 でもそれを感じさせない、破天荒ながらも自然な演技&さりげなく伏線を蒔いた控えめな演出は、観終わって時間が経つほどにじわじわと効いてくる。
 勘違いして欲しくないんだけれど、この映画は決して意外などんでん返しを愉しむ類の映画じゃない。元からそこにあった“思いやり”に気づかされる、そんな優しさ溢れる映画なんだ。

 大人の恋模様を描いてきたこの映画のラストが、ももちゃんによって締められるのも心憎い演出だ。
 幼い彼女が自ら起こした行動。その胸の内を考えると甚だ切ないが、と同時に、その行程のさりげないできごとが力強さを象徴する。
 ひらりと身をかわした小さな後ろ姿が物語る、生きていくことへの決意。
 劇中では描かれないが、きっと振り返ったなおこは、ももちゃんに手を引かれて立ち上がるはずだ。
 この映画は、傷つきながらも、どんなにかっこ悪くても、前へ進もうとする、すべての女性へ捧げられた応援歌なのだから。

作品データ - Film Data

  • 【キャスト】菅野美穂/小池栄子/池脇千鶴/本田博太郎/加藤虎ノ介/山本浩司/ムロツヨシ/霧島れいか/汐見ゆかり/田村泰二郎/畠山紬/佐々木りお/佐藤麻里絵/木村彩由実/平田伊梨亜/町野あかり/ミヤ蝶美/嶺はるか/岡部幸子/路井恵美子/宇崎竜童/夏木マリ/江口洋介
  • 【監督】吉田大八
  • 【製作】百武弘二/畠中達郎/星野晃志/北川直樹/野嵜民夫/井上隆由/藤戸謙吾/山本邦義
  • 【エグゼクティブ・プロデューサー】春名慶
  • 【プロデューサー】松本整/石田雄治/鈴木ゆたか/中村陽介/藤田滋生
  • 【原作】西原理恵子『パーマネント野ばら』
  • 【脚本】奥寺佐渡子
  • 【撮影】近藤龍人
  • 【照明】藤井勇
  • 【録音】矢野正人
  • 【音楽】福原まり
  • 【美術】富田麻友美
  • 【装飾】佐藤孝之
  • 【スタイリスト】小里幸子
  • 【スタイリスト・菅野美穂】谷口みどり
  • 【ヘアメイク】小沼みどり
  • 【スクリプター】柳沼由加里
  • 【編集】岡田久美
  • 【キャスティング】黒沢潤二郎/森達
  • 【音楽プロデューサー】日下好明
  • 【助監督】甲斐聖太郎
  • 【ラインプロデューサー】加藤賢治
  • 【主題歌】『train』さかいゆう [作詞/作曲/編曲]さかいゆう
  • 【製作】「パーマネント野ばら」製作委員会(博報堂DYメディアパートナーズ/アミューズソフト/中央映画貿易/ソニー・ミュージックエンタテインメント/テレビ愛知/テレビ大阪/高知新聞社/高知放送/リクリ)
  • 【企画協力】とりあたま/新潮社
  • 【配給】ショウゲート
  • 【制作プロダクション】リクリ
  • 【日本公開】2010年
  • 【製作年】2010年
  • 【製作国】日本
  • 【上映時間】100分

コメント (2)

子供時代が確かに唐突で、私は最初ももちゃんとその友達かと思って
ましたよ。みっちゃんの親父さんが電柱倒したシーンで初めて気が付
いたくらいです。ああ、回想だったのねと。
菅野さんはじめ皆上手いのですが、小池栄子さんが上手くなったなぁ
と思いました。この人2~3番手のポジションが合ってます。

◆KLYさん
僕は『女の子ものがたり』が頭をよぎったので、一応、冒頭の自転車に続く回想シーンという認識は持てたんですが、回想パートの三人が、現在パートの各人に結びつかないんですよね。そこがちょっともったいない。
小池栄子さん、いいですね。この人じゃないとできないポジションを確立しつつあります。
池脇千鶴さんも女優としていい歳を取られ方してるなって思いました。昔から好きでしたけど、今後益々のおばちゃん化が楽しみです。

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